他人と比較してあせってしまう人 | 賢脳トピックス

ゆとり世代という言葉が言われるようになり、話しに聞くと、運動会をやっても順位をつけなかったり、とにかくこの世は、そんな他人と競ってどうするんだということが言われています。

古い世代になると、この世の中は勉強や仕事にしても常に競争社会。

学生のときは常に偏差値教育、知識詰め込み式で勉強!勉強!勉強!、社会に出れば出たで他人を蹴落としてまで出世!出世!、他人を蹴落とさなければ自分が蹴落とされて落伍者になってしまうなんていうことで、常に競争することを宿命づけられた世代もあります。

ゆとり世代とはいうけれど

確かに、昔ほどではないにしても、運動会で順位をつけなくても、当然高校や大学に進学するには受験で他人と学力を競わなければならないですし、社会に出れば出たで社内での出世競争、さらにはライバル会社との新商品開発で競う、シェア争い、顧客争奪で競うことになり、競争に勝てばお金が多くもらえたり、認められたりします。

これは、良い悪いは別として、現代の資本主義社会の日本に生きる身としては避けて通ることはできません。

他人と競うことは醜いことなのか

他人を蹴落としてまで出世したくないよ。

俺は、出世には興味ないし、言われたことだけやって、最低限の仕事だけして、そこそこのお給料をもらい、あとは自分のやりたいことをして過ごすだけ。

こんな、釣りバカ日誌に出てくる浜崎伝介のような人もいるかもしれません。
仕事なんてどうでもいい、釣りさえできれば・・・

しかし、それはあくまでもドラマでの話であり、実際に浜ちゃんも営業で数字を取ってきているのでしょう。

また浜ちゃんみたいな人でさえ、社内で全く成績をあげないというわけにはいかないでしょう。
まったく成績をあげない人をずっと置いていてくれるなんていう慈善授業みたいな会社はありませんから。

また一人一人が、受験に向かって勉強することで、社会全体の学力が底上げされるわけですし、社員が競争することで、より会社の業績が上っていったり、ライバル会社と開発を競うことでよりよい生活に便利なものが生まれてくるということを考えれば、けっして競争することは醜いこととは言えません。

競争することがもたらす負の遺産

競争することで、全体の学力の底上げがはかれたり、会社全体の売り上げが伸びたり、良い商品が開発されたりというのが、現代の資本主義社会ともいえますが、競争は常に他人と自分を比較することにつながります。

つまり、そこには必ず優劣がついてまわることになります。

競争に負ければ劣等感の種になりますし、競争に勝ったとしても次は負けるかもしれないという不安がもたげてしまいます。
そして、この劣等感や不安感が頭の働きを鈍くしてしまうのです。

競争意識が強い人はどうすればいいのか

競争意識が強いということは、それだけ向上心があるし、伸びる要素が大きいということで、決して悪いことではありません。

でも、競争意識が強すぎると、競争することでの負の遺産である劣等感や不安感をより大きく持ちやすい傾向があり、それはつまり、頭の働きを鈍くしてしまうことになるのです。

これを避けるには、考え方を変えてみるのが良いでしょう。

もし、自分よりも優れた結果を相手が出した場合は、こう考えるのです。

「あの人にもできたんだ。自分にもまだ伸びしろがあるという可能性を示してくれたんだ。ありがたい。」

こういうように考えれば、劣等感に悩まなくても済むでしょう。

自分自身をみつめ、今できることを精一杯努力するということだけに集中していくことで、頭の働きを最大限に発揮していくことができるのです。

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