

80歳以上なのに、50〜60代と同等、あるいはそれ以上の記憶力をもったスーパーエイジャーについて、新たな知見がでてきたのでご紹介します。
その論文がこちらです。
Sandra Weintraub, Tamar Gefen, Changiz Geula, M‐Marsel Mesulam. The first 25 years of the Northwestern University SuperAging Program. Alzheimer\'s, 2025; 21
この論文(Weintraub et al., 2025)は、ノースウェスタン大学で25年間にわたり継続されている「スーパーエイジング研究プログラム」の歩みと、そこから得られた科学的知見を総括した内容になっています。

『スーパーエイジャー』の定義といっても、ノースウェスタン大学で25年間にわたる研究において言われているもので、
『スーパーエイジャー』とは、80歳以上でありながら驚くほど記憶力が鋭く、少なくとも30歳若い人たちと遜色なく活動できる人々のことを指しています。
『スーパーエイジャー(SuperAgers)』とは、80歳以上にもかかわらず、エピソード記憶(過去の出来事の記憶)において50〜60代と同等、あるいはそれ以上のパフォーマンスを示す高齢者です。
まさに加齢に伴う脳機能低下の常識を覆しつつある存在です。
数十歳も若い世代に匹敵する記憶力を持つ『スーパーエイジャー(SuperAgers)』の脳は、アルツハイマー病によく見られるような損傷に強く、抵抗し耐え抜いています。
数十年にわたる研究から、『スーパーエイジャー』の社会的なライフスタイルと独自の脳の生物
学的特性が、認知機能の維持に重要な役割を果たしている可能性が示唆されてきていました。
こうした知見から、認知症の発症を遅らせ、あるいは予防するための新たな戦略につなげられるのではないかという可能性について、明るい展望がみえてきています。

MRIによる解析によると、『スーパーエイジャー』の脳は一般的な同年代の高齢者と比較して、『脳皮質』、中でも『帯状回前部』の厚みが維持されていることが明らかになっています。
通常、脳の皮質というと、神経細胞が集まっている表面の層のことで、通常は加齢とともにこの層は薄くなり、萎縮が起こります。
そんな中、『帯状回前部』は脳皮質の中でも、脳のちょうど中心付近に位置し、複数の情報から必要なものを選び出し集中を維持する注意力の制御に深く関わっているほか、自分の間違いに気づき、行動を修正するエラー検出にも長けています。
さらには、目標に向かって意欲を維持するモチベーションにも深く関与している所なのです。
高齢者は、一般的に年間約2.2%の割合で皮質が減少していくと言われていますが、『スーパーエイジャー』は、その割合が約1.1%以下と、およそ半分のスピードであることが分かっています。この「減りにくさ」が、80代になっても50代並みの記憶力を維持できる物理的な基盤となっていると考えられます。
「前帯状回」は、感情のコントロールにも関わっているため、「強い精神力(レジリエンス)が前帯状回を使い続けることになり、結果としてその部位の厚みが維持される」という相乗効果のサイクルが起きている可能性も考えられています。

通常、アルツハイマー病の脳では、主に「アミロイドβ」と「タウ」という2種類のタンパク質の蓄積がみられます。
『アミロイドβ』については、テレビや雑誌などでもよく出てきていて、アルツハイマー型認知症の最大の発症原因ともされている蛋白質です。
脳内に蓄積する毒性の高いタンパク質の一種で、アルツハイマー病が発症する10~20年以上前から脳内に蓄積し始め、やがて「老人斑」と呼ばれるゴミの塊を形成して神経細胞を死滅させていきます。
その結果、記憶力低下や認知機能障害を引き起こすことになります。
『タウ蛋白(神経原線維変化)』は、本来神経細胞の骨組みを安定させる役割があります。
しかし、これが異常に変質してしまうと細胞内で糸くずのように絡まり神経原線維変化が起こり、神経細胞を内側から破壊し死滅させてしまいます。
アルツハイマー病、認知症というと一般的には、『アミロイドβ』のほうが有名ですが、近年の研究では、『アミロイドβ』よりも『タウ』の蓄積量と広がりが、記憶力の低下、認知症の進行と強く相関しているということがわかってきています。
ところが、驚くべきことに『スーパーエイジャー』の脳を解剖してみると、記憶を司る領域におけるタウの蓄積が、一般的な80代よりもはるかに少なかったのです。
それだけでなく、認知機能に問題のない50〜60代の人々よりもさらに少ないケースまで報告されているのです。
そんなことから、『スーパーエイジャー』の脳は、加齢に伴う「脳のゴミ」の蓄積に対して、何らかの強力な防御メカニズムを持っているのではないかと考えられています。
『脳のスーパーエリート細胞』は、1920年代に発見され、『フォン・エコノモ神経細胞(VENs)』と呼ばれる特殊な神経細胞になっています。
何が特殊なのかというと、通常の神経細胞はピラミッド型になっていますが、『フォン・エコノモ神経細胞(VENs)』は細長い紡錘形をしています。
『フォン・エコノモ神経細胞(VENs)』は、情報処理のスピードが非常に速く、複雑な社会的状況において「瞬時に適切な判断を下すのに重要な役割を果たし、脳
の中でも「前帯状回」や「前頭島」といった、高度な意思決定、集中力、社会的感情・共感などを司るエリアにのみにしか存在しないのが特徴になっています。
この『フォン・エコノモ神経細胞(VENs)』は、人間や類人猿、クジラ、ゾウといった高い社会性を持つ動物にしか存在しないことも分かっていて、『スーパーエイジャー』の脳では、フォン・エコノモ神経細胞が一般の高齢者の約3~5倍であり、さらに驚くべきことに20代の若者と比較しても豊富に存在していることが確認されているのです。
フォン・エコノモ神経細胞(VENs)』は高い社会性を持つ動物にしか存在しないということを述べましたが、『スーパーエイジャー』は、社会性にも関係があるのではないかと推測できます。
『スーパーエイジャー』は、は、「脳の構造が良いから元気」というよりも、「どのように生きているか」という習慣が脳の構造を守っている可能性があるのではないかと指摘されています。
スーパーエイジャーを対象とした心理テストでは、非常に良好で質の高い対人関係を維持していることがわかっています。
こうした『社会とのつながり』は、言語、感情の理解、予測など、脳の多くの領域を同時に活性化させ、脳への刺激になります。
孤独感は認知症のリスクを高めますが、逆に「誰かと繋がっている」という感覚は、ストレスホルモンを抑え、脳の炎症を防ぐ効果があると考えられています。
『スーパーエイジャー』の性格的な特徴として、新しいことへの好奇心が強く、ポジティブな感情を持ちやすい傾向が見られています。
困難やストレスに直面しても、それを乗り越えて適応する力、レジリエンス(精神的な回復力)があるのです。
若者よりも優れた記憶力をもつ憧れの『スーパーエイジャー』は、『皮質』・『帯状回前部』の厚みというハードウェアと、『社会性』や『レジリエンス』といった「生き方」というソフトウェア)が重要になってきます。
知的な好奇心を持ち続け、人との繋がりを大切にすることが、物理的に脳の老化を食い止めることになるのです。