国会での証人喚問は、ウソをつくと罰せられてしまうのですが、世の中には、平気でウソをつく人がいます。
誰のために、何のためにウソをついているのかは別として、ウソを平気でつける人の特徴とはどういうものなのだろうか。

ウソにウソを重ねすぎると大事件になる

今、話題になっているのが、森友学園問題がまさにその代表例かもしれません。
ウソは1個つくと、そのウソに矛盾が生じないためにさらにウソをつくということになりがちです。

森友問題や加計問題など、誰がどこでどんなウソをついているのかという大事件がありますが、いずれにしろ、全ての人が言っていることを鵜呑みにすると、矛盾点が出てきてしまうので、誰かがどこかでウソをついていることになります。

人間はいつからウソをつくようになるのか

ウソというと、生まれたばかりの純心な天使のような赤ちゃんはウソはつきません。
大人の事情・・・というようにウソをつくのは大人になってからなのか?
それとも学校に行きだした小学生からなのか?

いえいえ、人間はもっと前、幼児期からすでにウソをつきはじめます。

お母さんが、「手を洗った?」と言うと、幼児は早くお菓子が食べたいので手を洗っていなくても「うん、洗った」とウソをついたりします、

なぜ幼児のウソは可愛く、大人のウソは醜く感じるのか

幼児のウソは、お菓子をはやく食べたいという、いわば欲求に素直なことから出てきているウソなのです。
素直さが出ているので、ウソだとわかっていても、可愛いなとか、しょうがないなという感じになるのかもしれません。
大人になると、そこに打算が加わってきます。

大人がつくウソは、だいたいが自己顕示か自己保身からきている

ところが、だんだんと社会に出て、いろいろな人間関係にもまれていくと、ウソも巧妙になっていきます、
よくあるのが、履歴書詐称。

そこまでいかなくても、実際にあった話に、ないことまで尾ひれをつけてオーバーに話してみたりします。

これは、自己顕示欲からでてくるウソです。
大人で平気でウソをつく理由の一つが、この自己顕示欲なのです。

つまり、自分を良く見せたいということからウソをつくのです。

等身大の自分で良いという人は、別にウソをつく必要はありません。

 

平気でウソをつく人との上手なつきあい方

ずばり! できれば、距離をとってあまり関わらないにこしたことはありません。
また、ありもしない他人の陰口を言って、他人をおとしめようとしたり、匿名で変な噂を流したり、そういった陰湿なウソをつく人もいますし、自分がやったことに対してウソをついたりしますが、こうしたことは自己保身につながることが多くあります。

そもそも自分の過ちを他人のせいにして、けして認めず謝らず、責任転嫁してくる輩ですから、こうした輩に対し、下手に正面きってウソを指摘して必要以上に問い詰めたり、そのことで恥をかかせるといったことはしないほうが得策でしょう。

なぜならば、ありもしない陰口を叩かれて、逆に悪者にされたりしてしまうかもしれません。
それでもどうしても仕事上つきあわなくてはならないという場合には、話し半分ぐらいで話を鵜呑みにせず、ウソを見抜いても必要以上に問いたださず、ウソつきが言った話は他言しないようにし、極力関係しないのが賢明でしょう。