どう違う、頭が良い人・記憶力が良い人

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頭が良い人・記憶力が良い人、どう違うのだろうか。

内 容

頭が良い人・記憶力が良い人、どう違うのだろうか。

 

日本の受験社会、偏差値主義、資格崇拝社会・・・、とにかく日本社会は、頭の良い人がいい思いができるというイメージがあります。
そして頭が良いというと、記憶力に優れている人というイメージがわいてくるのではないでしょうか。

 

これは、日本の受験戦争がペーパーテストによる偏差値偏重で、知識重視の詰め込み主義というところにかなり影響しているのではないでしょうか。

本当に儲けている・成功している頭の良い人

それでは、日本の社会に出て成功している人、かなり儲けていると思われる人を想像してみてください。記憶力が良いという意味での頭が良いというイメージはあまりないかと思います。どちらかというと、人を動かすのが上手い、人心掌握術にたけている、商才がありするどい勘の持ち主である、物事を俯瞰的にとらえることができ人とは違った視点を持っているといった人ではないでしょうか。

 

確かに、ものの発想や思考というものは知識の上に成り立っているもので、知識がなければ知恵は生まれてきません。でも日本の教育は今だに昔からの知識詰め込み式のものになっているような気がします。

 

受験勉強や資格試験、なるべく公平に能力を判定使用となると、論術式よりも、マークシートや穴埋め問題になってしまいます。そして多くの知識を覚えていたものが正しい選択肢を選ぶことができ、穴埋めの言葉を正確に埋めることができるようになっています。こういった答えが一つしかないような問題で、しかも知識を問うような問題では、確かに客観的にも公平に試験成績をつけれるのかもしれません。

 

でも、これではクイズ脳というべきもので、実際の社会においては、知識を知恵に変える力こを養われるべきものであると思います。

知識よりも知恵が大切

例えばわかりやすく変な喩えをしますが、知識を10持っていてそれを10%しか知恵として応用できない人がいたとします。そうすると、知恵としては1となるわけです。ところが知識を2しか持っていないがそれを100%活用できる人がいるとすると、知恵は2となり、前者よりも大きくなります。
つまり、知識もある程度大切なのはわかりますが、知識を知恵に変えられる人が大切なのです。
単に、知識を覚えるだけであれば、それはクイズ番組で役に立つことがあったとしても、所詮その程度のことです。

 

人間は、特異な人は別として、起こった出来事すべてを記憶していられるほどの記憶力は持ち合わせていません。確かに起こった出来事すべてを記憶していられたら、すごいことですし、その記憶量は膨大となってしまいます。

 

パソコンで目的のファイルを探すとき、あまりにもファイルの量が多いと目的のファイルを探すのに時間がかかってしまいます。起こったことすべてを記憶してしまうとこれと同じことが起きてしまうと考えられます。つまり必要な情報がスピーディに取り出せなくなり、そうなると知識を知恵として上手に活用することができなくなってしまいます。

 

いかに不要な情報は切り捨て、自分に必要な情報を頭に入れていくか、なんでもかんでも覚えるのではなく、そういった情報の取捨選択も記憶していくときに必要なことです。