

学習法、記憶法について興味がある人で知らない人はいないというくらい有名なのが『エビングハウスの忘却曲線』です。
記憶と忘却のことに関して、『エビングハウスの忘却曲線』を発見・提唱したのは、19世紀のドイツの心理学者のヘルマン・エビングハウス(Hermann Ebbinghaus)です。
『エビングハウスの忘却曲線』は、学習の効率や記憶を考える上で、重要な研究論文として、ドイツ語から英語、さらには日本語にも翻訳されています。
<エビングハウスの忘却曲線に関連した論文>
ドイツ語原著 :
Ebbinghaus, Hermann. Über das Gedächtnis. Untersuchungen zur experimentellen Psychologie. Leipzig: Duncker & Humblot, 1885.
英語版翻訳 :
Ebbinghaus, Hermann. Memory: A Contribution to Experimental Psychology.
Translated by Henry A. Ruger & Clara E. Bussenius, Teachers College, Columbia University, 1913.
日本語訳 :
エビングハウス(Hermann Ebbinghaus)著、宇津木保 訳、望月衛 閲 『記憶について — 実験心理学への貢献』、誠信書房、1978年。
人間は、憶えてことを忘れてしまいます。
そのため、忘れないように何回も反復したりするのですが、いったいどのくらい忘れてしまうものなのでしょうか?
そういった疑問に答えたのが『エビングハウスの忘却曲線』ですが、よく誤解されている点があります。
『エビングハウスの忘却曲線』はその名のとおり、忘却スピード、つまり逆に言えば、憶えたものの記憶がどれだけ保持されているかを経過時間と関連づけて示したものと思われがちですが、実はそうではないのです。
忘れないで憶えているということは、記憶がきちんと保持されているということになるのですが、一度憶えたことがどのくらい保持されているのかは、直接測定することができません。
なぜならば、その記憶は内部状態のことだからです。
そこで、エビングハウスは、実際に客観的に測定できる指標として、再学習に必要な時間をどれだけ節約できるかという節約率を測定し、それがいわゆる『忘却曲線』になり、保持率・忘却率の指標とされているのです。
再学習に必要な時間であれば、その時間がどれだけ減らすことができるか客観的に測定できるので、記憶の残存度を最も正確に測れるのが 節約率というわけです。
つまり、『エビングハウスの忘却曲線』は、単純に「覚えている割合(保持率)」を測定したものではなく、「再学習にかかる時間をどれだけ節約できたか」という『節約率(Q)(savings)』という科学的指標として割り出されているものなのです。
既に知っている内容のものだと記憶に残りやすく、全く知らない内容だと記憶に残りにくいのでは?という点ですが、エビングハウスの実験では、kas, ogp, hir といった「子音・母音・子音」から成り立つ無意味な音節を13音節記憶させて、その記憶の節約率を調べています。
ドイツ語と日本語では言語が違うので一概には比較できませんが、日本語では、「いんもりくんじゅくかものなふりといえびぐりましけるたい」みたいな感じの長さでしかも意味がない言葉を覚えさせて実験を行ったというような感じになるのでしょう。
これらの音節列を一定のテンポで繰り返し読み上げて、「完全に覚えた」と判断されるまで反復し、そのときにかかった時間を最初の学習時間(L)としています。
最初の学習時間 L(Time for first learning)は、最初に「完全に記憶する」までにかかった時間です。
これがどんな意味を持つのかというと、記憶形成の「コスト」を示すとともに、一方で系列の難易度も反映した数値になります。
学習・勉強という視点で平たく言い換えれば、基準となる「最初の努力量」と言えます。
エビングハウスは、記憶した後、0.33 時間(約20分)、1時間、8時間、24時間、2日、6日、31日などと経過時間をおいたタイミングで再学習を行っています。
再学習(Relearning)では、再び「完全に再生できるまで」学習し、その再学習にかかった時間(WL:raw relearning time)を、記憶する内容の難易度で補正した再学習時間(WLK)を割り出しています。
これは、記憶痕跡がどれだけ残っていたかを示すもので、記憶する内容の難しさを補正したデータ、つまり再学習所間補正値(WLK)が小さいほど「記憶が残っていた」ということになります。
この最初の学習時間(L)から再学習所間補正値(WLK)を引き算してあげることで、最初の学習に比べて、再学習がどれだけ短時間で済んだかを表す節約量(Absolute saving, A)が計算できます。
式で表すと、
A=L-WLK
となります。
この節約量(A)がもつ意味は、記憶痕跡の「絶対量」を示したものであり、節約量(A)が大きいほど「多くを覚えていた」ということになります。
さらにこの節約量(A)を最初の学習時間(L)で割った割合が、節約率(Q:Relative saving)になります。
式で表すと、
Q=(A/L)×100(%)
となります。
この節約率(Q:Relative saving)が持つ意味としては、記憶がどれだけ保持されていたかを割合で示すもので、この値こそがよく見かける「エビングハウスの忘却曲線」のデータとなっているのです。
つまり、エビングハウスは記憶の残存度を正確に測れる指標として、記憶の「保持率」ではなく、客観的に測定できる指標として、再学習に必要な時間の節約率により、記憶痕跡の残存度を評価しています。
これが、エビングハウスの「忘却曲線」の本質で、単純に「覚えている割合」とは全く異なる科学的指標になっているのです。
例えば、24時間後の節約率(Q)は約33.7%となっていて、再学習時に最初の学習時間の約3分の1を節約できたということになります。
エビングハウスは、反復効果についても調べています。
kas, ogp, hir といった「子音・母音・子音」から成り立つ無意味な音節を16音節記憶させて、その記憶の節約率を調べています。
1秒1音節の決まった速度で音読し、8回・16回・24回 …と、ある一定の反復回数で完全に記憶するまで繰り返します。
そして、24時間後に再学習を行い、最初の学習時間(L)、再学習時間(L’)を比較して、その節約率(Q)を計算します。
式は、次のようになります。
節約率 Q = (L − L') / L × 100%
その結果、反復回数が2倍になるごとに保持が着実に増加していることがわかりました。
しかし、その増加率は線形的ではなく、逓減的、つまり反復回数が増えれば増えるほどだんだん小さくなっています。
エビングハウスは 16音節を使った実験で、1回の反復が 24時間後に“約12.7秒分の再学習時間を節約する効果があると報告しています。
16回の反復では、16 × 12.7秒 = 203秒分の節約、32回の反復では、役406秒の節約で、節約率は42%となります。
以上のことから、反復効果については、当然のことながら反復回数が多いほど記憶保持は強いという結果ですが、その効果は 反復を増やすにつれて 徐々に小さくなります。
そして24時間後であっても反復回数が多いと大きな節約率が得られ、記憶は決して「ゼロにはならない」ことが示されています。
近では、エビングハウスの忘却曲線を考慮した、暗記用アプリがいろいろと開発されてきています。
Anki、Quizlet、Memrise、Duolingoなど、記憶学習用のアプリが多数開発されています。
Anki(アンキ)は、間隔反復を利用したフラッシュカードアプリで、カスタマイズ性にすぐれ、学習内容や反復間隔を自由に設定できます。
また長期記憶の強化に適しています。
Quizlet(クイズレット)は、ゲーム感覚で学習できるモードが豊富にあり、他のユーザーが作成したカードを利用したりすることもできますが、無料版では機能に制限があったり広告が表示されたりします。
Memrise(メムライズ)は、記憶科学にもとづいたゲーム感覚の語学学習アプリで、ネイティブスピーカーの動画を使って学習するようになっています。
Duolingo(デュオリンゴ)は、ゲーム感覚で言語を学べるアプリで、無料で楽しく語学学習ができますが、トイックなどの試験対策には適していないかもしれません。
記憶学習のタイミングは、もちろん学習内容や個人差によっても違ってくるのですが、節約率90%が理想的であると言われています。
反復学習のタイミングですが、節約率が70%を下回ってくると、忘れた情報を再学習する時間が増え、また過多な反復も時間の無駄になることから、学習の内容や個人差にもよりますが、一般的に節約率90%が再学習のタイミングの理想とされていて、Ankiをはじめ多くの有名な記憶学習アプリの多くが、節約率90%で再学習するような初期設定になっています。
暗記学習アプリの一番人気ともいえるAnkiでは、その基礎としてSM-2アルゴリズムが採用されていて、これはEファクターという情報をどれだけ容易に思い出せるかを0から5までの6段階に分けた指標を考慮して、反復のタイミングを割り出しています。
暗記をしていて、なかなか覚えられないもの、すぐ忘れてしまうものもあるかと思いますが、反復学習の時にすぐに思い出せたものはそのまま次回の学習タイミングがのびていきますが、思い出せなかったものは、その反復タイミングがリセットされ、はじめからとなるので、効率的に学習できるようになっています。
長期記憶に定評があるAnkiなどの記憶学習システムのアルゴリズムのベースとなっているのが、『SM-2アルゴリズム』です。
『SM-2アルゴリズム』は、1987年にポーランドの生物学者/コンピューター科学者ピオトル・ヴォジニャクによって開発された間隔反復学習のための計算モデルになります。
このアルゴリズムは、記憶の強化を目的としていて、学習者が情報をどれだけ容易に思い出せるかに基づいて、次の復習までの間隔を調整したものになります。
具体的に言うと、学習者が情報を思い出す際の質を0から5のスケールで評価し、そこから、Eファクター(Ease Factor)という指標を割り出し、その結果に基づいて次の復習日を決定していくというものです。
<参考>
SM-2アルゴリズム
https://github.com/thyagoluciano/sm2
ankiの学習システム
https://juliensobczak.com/inspect/2022/05/30/anki-srs/
まず初期設定として、すべてのアイテムに対してEファクターを2.5に設定します。
間隔の計算: アイテムの復習間隔は次のように設定されます。
初回の復習間隔は1日、2回目の復習間隔6日、それ以降の復習間隔は、前回の間隔にEファクターをかけたものにします。
「n回目の復習間隔 = n-1回目(前回)の復習間隔 × Eファクター」
となります。
そして、各復習後に、回答の質を次の0から5のスケールで評価します。
解答の質(q)のスケール
5 - 完全に思い出せた
4 - ためらいながらも正解
3 - 大変な思いをして思い出せた
2 - 正解を思い出せなかったが、簡単に思い出せそうだった
1 - 正解を思い出せなかったが、正しい答えは覚えていた
0 - 完全に思い出せなかった
復習後の解答の質(q)の評価に基づいてEファクターを次の式によって更新していきます。
「Eファクター」=前回のEファクター+{0.1-(5-q)×(0.08+(5-q)×0.02)}
そして、Eファクターが1.3未満になったら、Eファクターは1.3に設定します。
回答の質(q)が3未満の場合は、そのアイテムの復習はリセットして最初からやり直し、Eファクターは変更しません。
動画によりまとめ